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本牧を愛した文豪・谷崎潤一郎

本牧を愛した文豪・谷崎潤一郎

大正10年(1921年)から数年間本牧〜山手で横浜に居を構えた文豪・谷崎潤一郎(明治19年7月24日〜昭和40年7月30日)。
1923年の関東大震災を機に関西へ移り住み、代表作「細雪」の舞台が大阪というのも相まって、関西のイメージが強い人も多いと思います。
谷崎潤一郎記念館もそんな芦屋にあります(https://www.tanizakikan.com/)。

崖の上の谷崎潤一郎

東京生まれの谷崎潤一郎は1921年に横浜に移り住みます。
横浜の住所は本牧宮原883。
現在は海岸線は埋め立てられ、883という番地もなく場所は良く分かりませんが、今の本牧宮原は山手警察署の近くのマンションが立ち並ぶあたりです。
当時の様子は、「海に突き出たコンクリートの崖上で、家の下まで波がきていた」と言います。
その横浜らしい洋館も1年ほどで台風被害に遭い、山手に引っ越し。
その後1年ほどで関東大震災を機に関西へ移り住むことになります。

横浜では大正活映株式会社の脚本部顧問として『アマチュア倶楽部』など脚本家として活躍されました。

まとめ

処女作にして傑作『刺青(しせい)』をはじめ、『卍』、『春琴抄』、『瘋癲老人日記』、『細雪』、『痴人の愛』など数々の代表作を残した谷崎潤一郎。
短い間ではありましたが、本牧での生活が作品にも反映されています。

谷崎潤一郎の作品を読む

参考URL
https://www.townnews.co.jp/0113/2017/09/21/399172.html

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横浜歴30数年。本牧歴10数年。※写真はイメージです

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